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  • Kentaro Osawa

君の膵臓を食べたいⅡ_05

更新日:6月15日

 君の膵臓を食べたいし、ユーフォニアムに関しては響いて欲しいⅡ_005


『北村の祖父の闇歴史、小川不耳との対立』


 僕の祖父、北村北三郎はその筋では知られた科学者であり、ずっと生物に関わる遺伝子研究を行ってきた。


しかし晩年には、孫の代にまで遺産を残してやれる、と畜産業との関わりを強めるが、


彼が主導した肉骨粉の安全性を保証する研究は、後に甚大な責任問題を引き起こすことになる。


国内ではBSEの罹患者は96年から2000年にかけて8万人。そのうちの80%が北海道のロシア管轄地域に住む人々だった。


その周辺の地域では牛の脳髄を生で食べる食文化が根付いており、多くの人々が生活の中でBSEに感染し異常プリオンが発生した牛の脳髄を口にしていた。


 僕の祖父と、食肉加工業界のドンと呼ばれる山内肉政(やまうち にくまさ)との謝罪会見は、当時を知る人々の記憶には深く刻み込まれるものだったろう。


肉政氏の顔の半分がえぐれて皮膚移植を受けた形跡が有るのは、彼が個人で飼育していたフランス原産の凶暴な豚に噛みつかれ、引き裂かれたときのものだった。


その醜悪な顔は、週刊誌にモザイク付きで掲載され、有る事無い事を書き加えられ虚飾された記事と並べられたことも一度や二度では無かった。


 そして会見時に彼の隣に座っていたのは、他でも無い北三郎博士だった。


当時は78歳だったが、研究室に引き籠もる暮らしを何十年も続けた彼は、これまでに紫外線による攻撃を人より回避してきたことで実年齢よりもずっと若く見え、


生来のどことなく高貴な雰囲気も相まって、その佇まいは肉政と引き合いに出される形で話題にされた。


特に不謹慎な記事タイトルは『凸凹”狂”人コンビ』で、これはあるスポーツ新聞の三面に掲載された。使用された写真は記者会見時のものだったが、体だけが羊の体に置き換えられ、肉政氏の方は、角までが書き足されていた。これに対して名誉毀損の裁判を起こしたのは肉政氏で、彼は勝訴の判決と賠償金10万円を得ている。


 メディアによる報道は、北海道の各地に精肉を降ろしていた山内肉政の経営する”株式会社ハム太郎”に対する全面的な糾弾の一辺倒であり、その片隅で北三郎は大衆からの非難は回避することができたのである。


一方で株式会社ハム太郎は不買運動に巻き込まれ、また数万人にも上る被害者に対する数十億円の賠償命令が下り、これは北三郎の所属した国立の研究機関に対しても同じ処遇であった。


 そのことも影響したのだろう、僕のお爺さんは一線からは退いて、彼の住む立派な住居の2階部分を改築し簡便な研究を行えるように整備し、余生は個人的な研究や論文の執筆に勤しんでいた。


しかしあるとき、彼が実験中に大きな爆発事故を起こし、広大な家屋の半分が吹き飛んでしまった。


その頃は、連日のようにニュース番組が僕のお爺さんの家に自衛隊のヘリが放水するシーンを映し出していた。


もっと踏み込んだ番組では、白い布で覆われたタンカーが運ばれている様子を放送した。布越しには、片手で拾えるぐらいの大きさのものが幾つか並んでいることくらいしか分からない。


それ以上のことが分かる映像ならばそもそも放送はされなかっただろう。これは爆破によって吹き飛ばされバラバラになった祖父の肉体の一部が集められたものだったからだ。


よく見ると防水布の端に血液のような赤いものが付着しているのが分かる。


葬式のとき、棺に収められていたのは、ヒト型の容器で顔の部分には遺影が貼り付けられ、その中に洗浄された彼の肉体のぶつ切りが、腐敗を防ぐためのドライアイスと共に収められていたのだ。


そして、これから出荷される食肉の如く霊柩車で搬出され、それは焼きすぎて骨も砕けてしまった。


そして、この事故は不幸中の幸い隣家との距離が最寄りでも20m以上離れていた為に二次災害を引き起こするには至らなかった。


しかし事故の奇異さ、個人邸宅での爆破事故、そして被害者は他でもない日本中を震撼させたBSE事件の当事者であることがメディアに拾われると、またたく間のうちに、今度は北三郎氏への過去をあげつらう皮肉めいた報道が頻発した。


小学校から帰ると、家の前にたむろするカメラを持った数人の男たちに囲まれ、僕のお祖父さんについて色々なことを尋ねられた。

「お祖父さんは何の実験をされていたのかな?」「モルカーは見てる?」


夜も電話は鳴りっぱなしで、かといって電話線を引っこ抜いて重要な連絡を逃すわけにもいかなかった。当時、父の両親も騒動が原因で代わる代わる体調を崩して入院していたのだから。


 結局、僕ら家族は2週間ほどホテルに避難する計画を立てるが、父の務める会社の社長が取り合ってくれて、代表取締役の小川義之氏が、近隣の市に所有する江戸時代より続く宿場町に軒を連ねる長屋の数棟を大正時代の趣に改装したホテルに無償で泊めてもらえることになった。


 自宅の最寄駅から数駅離れた長津市から、その当時は毎日車で送り迎えをしてもらった。

しかもオフシーズンのホテルはロビーやら廊下やらを散策し放題だったのだ。友達とは遊べなかったけれど、小学生の僕にとっては、良いこと尽くめの二週間だった。


               「小川不耳との対立」


「ねぇ、北村君って、どうして不耳ちゃんと仲が悪いの?」山内は窓を開けて外の空気を感じ取っている「私は仲良くしてくれたら、色々と楽しいと思うんだけどな」

 

「それは、一言で説明できるようなことでも無いんだ…それに最初は一方的で訳が分からなかったし...」


「もしかして恋愛絡みのもつれがあったんじゃねぇの」高田は至って余裕の態度である。彼はスマホで何やらウェブサイトを閲覧しながら視線は逸らさずに「ま、知らんけども」


 この話を続けるのもスクールカースト内の立場をわきまえるなら憚られるものだが、山内が学年で一番だとすれば、周囲の評判から察するに二番手は小川不耳(おがわ ふみみ)ということになるだろう。


彼女は山内咲良の凛として爽やかなイメージ、そして健康的な体つきとは真逆の、いつも後ろめたさを漂わせたチビで陰惨な”少女”である。


休日に彼女を偶然見かけたときに、小川は黒いワンピースに白とペールブルーのボーダーのタイツを組み合わせ、足元は辞書ほどもある厚底で奇妙に編み込まれた短靴が印象的だった。


彼女は休日の学校の正面玄関の前で、この一週間というもの暇さえあれば怠らぬ様子で専心する”署名集め”を行っている最中だったのである。


周囲は他に誰も歩いておらず、今日ばかりは回避できそうにない。


彼女は近づいてきて「北村、署名してもらえる?」と差し出してきたのだが、その用紙はよく見ると上部が裏に折り畳まれていた。どうやらそこに詳細が隠されていそうだった。


「内容によるよ。これって何の署名なの」無視するのも悪いし、たとえ利害関係が一致していたとしても断るつもりだった「それと近場で待ち合わせしてるから、急いでいるんだ」


それは嘘だった。


ひとり駅前で買い物した帰りに、軟式野球部の高田にでも声をかけて帰ろうかなと思って寄ったのだが、大会の予選で敗退して以来、このところは顧問もろとも士気を失ったのか、ちっとも練習しなくなって、譲り合っていたサッカー部にグラウンドの全てを使わせている。


そのことをすっかり忘れていた。休日に街の方へ出たらそうする習慣が考えさせることを阻んだのだ。


今日も当然、休日練習など行われるはずもなく、グラウンドの方を眺めると馴染みのないサッカー部の面々と遠くで目が合った気がした。女子と二人で話している、とでも囃し立てているのだろうか。


だとしたら、とんでもない、今僕が一緒にいるのは変人の極み、小川不耳だ。


「すぐに終わりますから、苦痛もありません」


「苦痛を伴う署名があるとしたら、誰も協力し得ないよ...」


「ちょっと何を言っているのか分かりません。とにかく、私が署名を求めているのは、非常に、極めて、至極、重要なことです、異常なまでに!」


「分かった、分かったよ」冷や汗が流れるようだった「内容だけでも聞くから」


「えー、何だっけ…あ、そうそう体育の授業撤廃と…」僕の様子をうかがうように見上げている。


そして、しばらく考えていた。


「そうだった、あとインフルエンザでも学校来て良くするの…授業が遅れないように」


 明らかに怪しい署名運動だ。


 僕は用紙を裏返して隠された項目を読もうとしたが、彼女は手首をギュッと掴んできて「それは許されていません」と言うのだった。


 彼女とは路線の違うギャルの如く長く伸ばされた爪が食い込んだ。


「痛…(爪なが…何だその椎名林檎のグレッチみたいな色のネイルは)…そうだなぁ、百歩譲って体育は無くなっても良いと思うよ。けれどインフルエンザは伝染るし迷惑じゃないかな」


「そう言うと思った」彼女は両手をポケットに突っ込んで少し胸を反らした。ポケットの中に鍵でも入ってるのか、鈍く金属音が聞こえる。


「不耳は、今日その意見を何度も耳にしました」彼女は怒ったり興奮すると一人称が不耳になる。こうなると何を言っても聞かない。


「その度に不耳は、そのようには思わない、と答えることを繰り返させられたのです。連中は愚鈍です。あなたもその顔ぶれに与して、より有益な科目に使える時間を、体育のような蛮行に浪費して全身の関節をいたずらに摩耗させ健康寿命を縮め、しかも学ぶ権利の剥奪とも言えるインフルエンザによる強制隔離を認めて生きるのですか?」


この気の触れた女の相手を続けるのは時間の無駄だろう。


高校生が健康寿命?...しかし思い当たるのは去年のこと、彼女は1年で5回もインフルエンザに罹患して、トータルで2ヶ月も休まなければならなかったことだ。


しかし流石に免疫も人並みならぬ強度に鍛え上げられていることだろう。むしろ一番心配が無いのは彼女なのではないだろうか。


改めて彼女の顔を正面から眺める。


眉毛の上で一直線に切りそろえられた前髪が鋭利な刃物を思わせた。危険な小川不耳。彼女はプラスティックを愛しているのだろう。片耳にダイヤ型で赤いアクリルみたいな樹脂製のイヤリングを付けている。


「そう言われても困るよ。同意できない。署名も当然できないよ」僕は署名用紙を返しつけた「それに仮に全校生徒分の署名が集まったとしても、体育もインフルエンザも学校レベルでどうこう出来ないと思う。文部省とかに取り合ってもらうなら、うちの高校の生徒数の100倍は必要だろうね」


「うるさい馬鹿、死ぬもん」彼女はそう言ってポケットから何かを取り出した。手のひらに収まるイタリア製のスティレット。海外のギャング映画でしか見られないような代物で、柄が白いマーブル模様の樹脂製だった「これで死ぬ」銀色のボタンを押すと、一瞬で刃が飛び出し彼女は「うわ、びっくりした」と目を丸めて手元で一本に伸びたナイフを凝視している。


(小川はガチでやばい奴だ…)僕は巻沿いを食らわないように一歩引いて、退散する姿勢をとった。


「おーい、お前ら。こんなところでどうしたんだー」校庭の方からサッカー部顧問の靭帯切比古(じんたい きりひこ)がこちらにやってくる。


バックネットを背後に、重ねたカラーコーンを運んでいる彼の位置から彼女の手元はギリギリ見え無さそうだった。


それに彼は靭帯が何度も裂傷した過去を持つために歩くスピードが異様に遅い。


原因はサッカーに対して一筋で、やがて高度なフェイントとして、膝の関節を逆に曲げるための訓練を行ったらしい。それが失敗し現在の後遺症を抱えている。


そして彼はその反省から、戒めとして家庭裁判所で手続きを踏んで現在の名前

『靭帯切比古』に改名した、というのが伝説になっている。偶然にも改名は名字だけで住んだという逸話については眉唾だが。


何でも裁判所に勤める改名を担当する裁判官が高校時代の後輩で、当時から子分のような存在で大いに気を働かせてくれたらしい。


それに加えて、靭帯先生は何やら活動家の側面を持つらしく、司法の世界にまで圧を効かせることができるとも噂されていた。


 僕は咄嗟に「それは隠さないと大変だよ」とだけ伝えると、彼女の手中にあった署名用紙を引ったくって走り出し、正面玄関を土足のまま突っ切って中庭に飛び出した。


そして離れの建物に避難した。ここは吹奏楽部の部室で、鍵が壊されていて常に開いているので自由に出入りしている。


僕は部員ではない。小川がわざわざ追ってくるとは考えられなかったが、先程の応酬で気分がかなり昂ぶり、今はとにかく安心できる場所で落ち着きたかった。


 今日はまったくついていない。


 続く