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  • Kentaro Osawa

君の膵臓を食べたいⅡ_04

最終更新: 3月12日

君の膵臓を食べたいⅡ_04


前回のあらすじ:春のパン祭りの”パン”がパンデミックを想起させ不謹慎であると苦情が殺到した製造所の本部は、

「春の祭典」に改名することを決定し、イメージタレントは新たに、

95年にキャンペーンが開始して以来起用を続けた松たか子さんから、故ラスプーチンに任命することを発表した。


「春の祭典」はロシアパンに貼られているシールを10枚集めるごとに、旧ソビエト製の粗悪な雑貨品(サイズが合わないマトリョーシカや、純銀製のサソリ)と交換することができる。

また100枚集めると、特別景品としてウランガラス製のショットグラスが贈られる。

(本文に関係なし)



 僕は彼女に向かって(もう気にしてないからさ)とでも言おうか?そして帰り支度を始める。高田は黙っていないだろう。しかし、それは少なからず躊躇われることだった。


彼女の打ち明け話は、グロテスクな切実さに対しあまりに軽い調子で伝えられた。


それはむしろ告白の深刻さを覆い隠すための芝居だったのかもしれない…頭の中で先程の彼女の立ち居振る舞いは何とも安っぽい芝居のごとく再生されるのだった…しかし彼女のプリーツスカートにはポケットが有るのか…それは洋服の構造からして全く想像できないことでは無かったのだが。


しかしプリーツの間にポケットの開口部が隠されているのはデザイン上は合理的かもしれない。しかし、その小賢しい細工は逆に不快を増長し、ついには怒りにも似た感情へ至らしめるのであった。


 山内は何か言いたげにしている。窓外の淡く暮れかけ景色を背景にして、腰の高さほどの棚に後ろ手を付いた彼女は、いつにない気怠さを纏いながら言った、

「さっきの話、高田くんにも言っていいからね。一度話したら、吹っ切れた感じがするの」


 彼女の無表情には返す言葉が浮かばなかった。


そして小さな失望を抱かせられた。彼女はそう言うことで、高田の興味を惹くことになるのは分かっているだろう。そして僕は黙っていた。高田はすぐに食いついて来た。


「え、なになに?もしかしてさ、付き合うことになったとか?」


「そんなわけないだろ、山内に失礼だよ」


「まぁ、分かってるって。山内は北村と付き合わないだろ」


 山内は軽蔑するような表情で小さく笑ったが、にも関わらず至って解釈の余地のある声調であり、僕はこの関係性の保留された錯覚のうちに死ぬか、時間が止まるかすれば良いと考え、治療した歯には自殺薬が隠されていないことを悔やんだ。否定を意味するものであることは当然だったのだが。


「わたしと北村君が付き合ってたら、ちょっとした事件になるよ」彼女は言いながら座り直すと、棚が小さく軋んだ。それは彼女の、いくらか豊かな腰回りを持つスタイルを改めて認識させるのだった。

「私は不耳(ふみみ、別クラスの女子生徒、山内の親友)から、別れるまで罵倒され続けると思うんだ。不耳は北村くんが何か嫌らしいよ、ほとんどの人殺しに似てるんだって」


「それはw…けど、嫌われてるのには少し覚えがあるんだ。僕も小川(不耳)のことはナルシストの悪魔崇拝者みたいなものだと見做しているし、山内が仲良くしているのも不運に思う、だから嫌われていようと、全く悪い気はしないけれどね。もし僕が人殺しになるとしたら、小川の存在が直接の原因だろうよ…」


 多少の強がりが発言を誇張したが、真実では有った。僕は、小川不耳は川沿いのバラックにでも住んでいて欲しいと思っていたから、高校生活の間は住所について調べないようにして、想像の細部をより補強できる素材を集めることにのみ専心しようと考えていた。


給食のパンを余分に持ち帰っているのを見たときは(ビニール袋にパンが2つ入っているのをぶら下げて下校しているのを見た)気分が良かったし、バラック小屋はよりリアリティを増した。


ところが、どうやら彼女はどうやらモルモットを10匹くらい飼っているらしい。


小川が「見てみて、これら全てモルモットなのだよ、名前は全部同じにした。ギニーだよ」と他の女子たちにスマホの写真を見せているのを目撃したのである。


「北村くん、そんな酷いことは言わないで。不耳は少し変わってるの…本人は、頭の中にスポンジケーキが入ってるって言ってるし…あと、”それゆえに実質BSEだよ”とか…とにかく彼女は変なの…」


(それは分かってるよ。なにせモルモットに穀物を与えるような狂人だからね。モルは野菜しか食べないんだ...モルカーを見れば分かる。モルカーの人たちは、モルには絶対、肉やポイフルを食べさせないんだ...)


 小川不耳の話題には入りたがらない高田はじれったそうに聞いていたが、ようやく会話の途切れを得て、

「しかし、事件だろうなぁ、山内と北村が付き合ったら。まぁ歓迎しないでもないけど」


 僕は疲れてしまったし、山内は靴の踵で棚の引き戸を軽く蹴って、低い音をたてていた。


 それで、必要最小限の挙動で(事件にはなるね)と同意を示したのだが、高田は曖昧に受け取ったらしく、徐々に不安を増すようだった。

「え、もしかして本当に付き合ってる?...だとすると、やっぱり歓迎はできないわ…」


「いや、絶対に違うから。ほんと馬鹿」間髪入れず山内の否定が入り、彼女の何処と無く怖気付いた様子から、妙な噂を立てられるのを懸念しているらしいのが伝わってくる。

「もうこの話はしたくない。だって日が暮れてきたし、将来的に不耳を殺しかねない北村くんと付き合ってるのを想像するのは、ちっとも面白くない」


「そうでしょうね、分かります」

 僕は自分の手相を眺め、恋愛に関して重症であることを確認した。しかし山内はクラスの女子の中で、いや学年の仲で一番魅力的だということは男子生徒の間では共有されたひとつの事実である。それだけに僕が彼女の相手としては余りにも不足しているのは明白に思われた。


もし唯一みんなに誇れるようなことが在るとしたら、それは母方の祖父が高名な研究者だったことぐらいで、そもそも僕自身のことですら無い。


その祖父が辿った運命は壮絶なものであり、それは彼の功績よりも、彼の知名度を上げることに貢献しているかもしれなかった。


続く